INTERVIEW

須藤 玲子
(テキスタイルデザイナー)
SUDO Reiko

茨城県石岡市生まれ。1984年、株式会社「布」の設立に参加。現在、取締役・デザインディレクター。 日本の伝統的な染織技術に現代のテクノロジーを融合させ、独創的なテキスタイルを生み出す。 日本国内の染織産地を巡り、デザインプロジェクトを展開する。

安達 大悟
(テキスタイルアーティスト)
ADACHI Daigo

愛知県生まれ。2010年、金沢美術工芸大学工学科卒。 伝統技法「板締め絞り」を独学で習得し、制作活動を行う。 2019年より、東北芸術工科大学美術科テキスタイル講師。

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》布の持つ情報とは

― 日本各地に受け継がれる染色技術に、新しい素材や加工技術を掛け合わせ、見たことのないテキスタイルを世に生み出し続けている須藤さん。今回のインタビューでは、板締め絞り作家の安達さんにも参加していただき、布の持つ情報や人との関わり、これからの布のあり方について語っていただきました。

須藤「一枚の布、テキスタイルには豊富な情報が含まれています。例えば、織りの構造。天然素材、化学繊維。レーヨン、ナイロン、ダクロン、エステル、アクリル、グラスファイバー。まるで言語のように、私たちの肌や五感を通して情報を伝えます。さらに、加工によって変化が生まれます。ツヤ加工、防水・はっ水加工、しわ、プリーツ、防火・防炎、虫除け、伸縮、蛍光など……。布には豊かなことばが宿っており、私たちは衣服を身に着けることで、情報を着ていると言ってもいいでしょう。このような布を私はメディアだと捉えて、テキスタイルづくりをしています。

テキスタイルの素材開発や、技術の進化はめざましく、次々と新素材が誕生する中で、経糸と緯糸が交互に交差する織物の構造自体は古代ペルーの時代から変わっていません。 私たちが日々用いているコンピューターも、実は織物がルーツです。1801年にフランスのジョセフ・マリー・ジャカールの紋引き装置の発明により、織物の経糸を上げ下げする二進法によるシステムとパンチカードを使うと、あらゆる文様が可能になりました。ジャカード織の技術はコンピューターの先駆けと言えます。」

安達「布に情報が含まれていると気づかれたのは、いつごろですか?」

須藤「1984年に株式会社『布』の設立に加わって、87年に創業者の新井さん※から会社を引き受けた時、布って何だろう?と考え始めました。

布の情報はパッと見ただけでは分からないけれど、成り立ちや構造を紐解いていくと、気づくことが多々あります。例えば、服を洗う時の洗濯表示。みなさん、気に入って購入した服が、どんな素材か確かめますよね。このように、布の素材についての情報は、ごく身近に存在します。」
※テキスタイルプランナーの新井淳一さん

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パンチカードを使用したジャカード織機

―お二人の布との関わりについて。

須藤「私は元々、友禅作家になりたくて、日本画学科を志望していました。しかし大学受験がうまくいかず、工芸デザイン専攻科に進学。在学中は絵画的な表現が可能なつづれ織りをしていて、織物の組織に興味を持ったのは新井さんとお会いしてから。織りの構造そのものが解明できると、自分で組織図を描けるようになり、織物に含まれる情報が可視化されておもしろいなと思いました。

テキスタイルをルーペでのぞくと組織が現れます。平織りでも、経糸・緯糸の変化で立体的に見えたりして。そこはいつも興味深いですね。染色に関しては……安達さん、いかがですか。」

安達「板締め絞りの作品を発表する時、まず、こちらで見た目の美しさや技法などを整頓しないと世の中に伝わらないと感じて、どの素材が染めやすいかなど、自分なりにアーカイブしています。染色に関して、自分が染めているという意識はなく、自然の意志が人の手を借りて表現しているような感覚ですね。そこに、現代にマッチするようなアイデアを加えて、作品づくりを行います。

板締め絞りに使う染料は、昔の文献を読んで再現することもあります。織りの組織は、須藤さんがおっしゃるように変化していなくて、新しい染料を試す時も、繊維と染料が化学結合をするのは一緒です。」

須藤「これだけ新しい科学技術や加工技術が生まれる中で、織りの組織はやはり変わらないのですね。」

安達「そうですね。大学で講義をする時、学生たちには『世界はテキスタイルでできている』って伝えるんです。身の回りにあるものを見渡すと、植物だって繊維で構成されていますから。」

須藤「素材は、いつまでたっても素材でしかない。衣服は肌を護り、インテリアは暮らしを整え、アートは感動を生む。テキスタイルは幅広く、おもしろいジャンルで、今はもう境界がない。人とすごく近いところで関わりを持っているんです。」

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オンラインインタビューの様子

》布の記憶、受け継がれるもの

― お二人が布について伝える時、大切にしていることはなんですか。

安達「学生たちには、ガチガチに教えないということを意識しています。ただ、染まると滲みるの違いは認識してもらう必要はありますが。 2020年の講義では、『どう思う?』と尋ねるようにしました。テキスタイルという広いジャンルで、工夫する余地はめちゃくちゃあるので、学生たちが何を思いどう表現したいかを考え、失敗することで伸びると思ったのです。自分自身、板染め絞りに出会った時、周りに経験者が居なかった分、工夫できたという経験もありました。

テキスタイル作家、デザイナー、ただそれだけじゃなくて、生きていく上でのクリエイティブ感覚を学生たちに身に着けてほしいですね。」

須藤「2001年に京都で私にとって初めてのテキスタイル・インスタレーションを行った時のことです。京都の鴨川や桂川は、むかし友禅流しが行われていた場所だったことから、場と布の関係性について考えました。そこでかつて河川と深い関係にあったテキスタイルづくりの風景をインスタレーションの構成としたのです。もっとシンプルに、その場、その土地に立って何を感じられるかと……。

1960年代の京都は、自然の河川で反物に付いた余分な染料や糊を洗い流していました。水の作用で布が漂白され、流れたでんぷん糊を魚が食べて―。それも、70年代に河川の汚染問題で禁止されました。

2018年に国立新美術館でこいのぼりのテキスタイルインスタレーション「こいのぼり なう!」を開催しました。日本の伝統文化であるこいのぼりは、私は女なので弟のこいのぼりを眺めて羨ましかった記憶があります。真鯉は5mほどあって、とてつもなく大きいんですよ。昔の田舎は空間が広くて、こいのぼりが泳ぐ姿を見て、いいなぁと思っていました。 そんな自分の幼いころの記憶と、場の記憶が結びついて、テキスタイルのシーンが浮かび上がりました。私はいつも思いつきを大切にしています。

最近、こいのぼりをあまり見かけなくなりました。4月初め、バスに乗っていて新しいこいのぼりが空を泳いでいると『あの家に男の子が生まれたのだな』と分かります。日常の一コマにテキスタイルがあったんですね。

2020年は、『扇の舞』の展示を行いました。扇は末広がり、めでたいという意味があるでしょう?コロナ渦で落ち込みがちな世の中に、前向きになれる何かをテキスタイルから伝えられたらと思います。」

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「こいのぼり なう!」展示の様子

》テキスタイルと川の関係性

― ところで、染織の産地には必ずと言っていいほど近くに川が流れていますが、何か理由はあるのでしょうか。

須藤「須藤「川はかつて物を運ぶ手段でもあったので、川のそばにさまざまな産業が広がっていったのではないでしょうか。染織は水がないとできないし、特に地下水が大事です。私が染織の産地へ足を運ぶ時、河川や水車の跡を発見すると、水場がどんな役割を担っていたのか探りたくなります。その土地の記憶を遺したいんですよね。」

》布に愛着を持つということ

安達「古くから存在する板締め絞りは、裏表のない染め物です。裏も表もバッチリ染まります。」

須藤「有松の絞り工場を視察した時、昔の人は裏表のない生地を普段着の着物として、愛着を持って着続けていたお話を伺いました。着物の色があせたら、裏返して着て、ほつれたら縫い合わせて、着古して柔らかくなった布は赤ちゃんのおむつにして。布を愛して、愛して、すみずみまで使うことがスタンダードでした。
現代の風潮は繕って着続けるより、新しいものを買った方が時間も手間もかからないという考えですね。」

安達「近年、SDGs(持続可能な開発目標)という言葉がようやく叫ばれ始めました。私は学生時代から布の使い捨てはイヤだなと感じていました。学生がテキスタイルを作るのは本当に大変だったし、一発勝負の染色にかける思いもあって、信じられないスピードで布が消費されていくことは寂しいです。しかし価値観はどんどん変化しています。日本にはお直し文化があり、布をていねいに染める技術も残っていて、モノを大切に使う資質はあると思います。

須藤「そうですね。フランスでは、アパレルブランドが売れ残りの衣服の廃棄を禁止する法律ができました。在庫品の処分費用も大きいですからね。必要以上にモノを作る悪循環を止めようとしています。」

安達「さすがフランス、ものづくりの国。思い切った判断がすばらしいです。フランスでインド更紗が流行し、プリント技術が発達した時も、ルイ13世が自国の工房を保護していましたね。」

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安達さんの板締め絞りの作品

》それぞれの立場から、しけ絹について感じること

――しけ絹の印象や、可能性について教えてください。

須藤「しけ絹は糸に特長があります。2頭の蚕が作る玉繭の糸を紡ぎ、織り上げた布は節ができるため、着物だと紬になり、正式な場では着られません。だから、かつてはキラワレ者でした。しかし時代を経て、しけ絹をおもしろい!と思う人は確実に増えています。

科学技術の発達とともに、絹の機能性も解明されていきます。天然素材のため、個体差があり数値は曖昧になるものの、さらに調べていくと、すごい可能性を秘めているのではないでしょうか。

近年は高級ホテルの壁紙としても、しけ絹は人気です。しけ絹は自然と美しい空間を作るのでしょう。暮らしの中で、しけ絹がどんな役割を担っていくのか、これから楽しみです。」

安達「2017年に松井機業さんのしけ絹とコラボしたきっかけは、今までシンプルに染色していた布の素材について、改めて考えたいと思ったからです。しけ絹に出会い、その思いを具現化するタイミングが来たのだと、惚れ込んで指名させていただきました。

しけ絹が辿ってきた時代の価値観は、板締め絞りにも通じるものがあります。かつての板締め絞りは、戦時中のおしめのイメージがあり、90代の方にはキラワレていました。しけ絹も板締め絞りも、やり方次第で可能性がいくらでも広がります。例えば30~40代の方に響くものを作ることができれば、彼らはいいものを知ると、またいいものを手に取ってくれるので、産業の持続化にもつながります。

しけ絹のサテン生地ともちがう独特の風合いや機能を活かして、もっと生活の一部で用いられるようになればと思います。」

須藤「そうですね。松井さんと仕事ができたら嬉しいですね!」

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U-50国際工芸アワード授賞式 右から松井紀子・安達さん・須藤さん・新里明土さん